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東京高等裁判所 昭和32年(ネ)2118号 判決 1958年8月09日

控訴人 奥谷喜久郎 外一名

被控訴人 株式会社 市瀬洋紙店

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消す。被控訴人が控訴人らに代位して昭和三一年八月一七日東京法務局新宿出張所受附第一七五〇三号をもつて別紙目録記載の各土地につきなした控訴人らが昭和二九年二月五日相続により右土地所有権を取得した旨の登記を控訴人らにおいて抹消するにつきその承諾をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、被控訴代理人において、

「一、株式会社奥谷商店(代表取締役は控訴人奥谷喜久郎)は、被控訴人から紙類を買いうけ、その代金支払のため、左記の日に被控訴人あて左記約束手形二通を振出交付した。

(1)  額面二六八万円、満期昭和二八年六月二一日、支払地振出地ともに東京都中央区、支払場所、株式会社第一銀行馬喰町支店、振出日、同年三月二四日(以下これを第一手形と称する。)

(2)  額面一〇〇万円、満期昭和二八年六月三〇日、振出日、同年四月三〇日、その他の手形要件は第一手形に同じ(以下これを第二手形と称する。)

二、控訴人奥谷喜久郎は、故あつてその後右会社の代表取締役を辞任したが、右手形振出当時はその地位にあつたから、右会社の被控訴人に対する全手形債務につき連帯保証人となつた。

三、しかるに右会社の僣称代表取締役奥谷清二郎は、右二通の約束手形を切り換えて、昭和二八年四月二五日被控訴人あて額面三六八万円、満期昭和二八年六月二二日、支払地振出地ともに東京都中央区、日本橋馬喰町一の四、支払場所株式会社奥谷商店なる右会社振出名義の約束手形一通(以下第三手形という。)を振出交付した。

四、ところが控訴人らの調査したところによると、第一、第二手形ともにその満期に右会社振出小切手をもつて手形金額が支払われ、その各手形債務は消滅していることが判明した。第三手形は第一、第三手形の書換手形であるから、第一、第二手形金が支払われた以上、第三手形債務もまた消滅したものである。結局控訴人奥谷喜久郎の被控訴人に対する右第三手形の連帯保証債務もまたこれと同時に消滅したものであつて、被控訴人主張の本件債権者代位権行使の前提となる基本債権は存在しない。従つて本件代位による登記もまた登記申請人たる資格のないものの申請によるものであつて無効たるを免れず抹消すべきであるから、登記簿上控訴人奥谷喜久郎の持分の差押債権者である被控訴人にその抹消登記をなすにつき承諾を求める。」と述べ、被控訴人の主張に対し、そのような経過をへて東京高等裁判所判決が確定したことは認めると述べ、

被控訴代理人は、「右一、二、三の各事実は認める。四の事実は否認する。被控訴人は、控訴人奥谷喜久郎に対し右第三手形元利金の連帯保証債務の支払を求める訴訟を東京地方裁判所に提起し、第一審において被控訴人勝訴の判決言渡があり、これに対し控訴人奥谷喜久郎より昭和二九年一二月二四日東京高等裁判所に控訴を申立て昭和二九年(ネ)第二六二七号事件として審理の結果、『控訴人(控訴人奥谷喜久郎のこと)は被控訴人に対し金三六八万円およびこれに対する昭和二八年九月一八日から完済まで年六分の割合による金員(遅延損害金)を支払え。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。』旨の判決言渡があり、右判決は昭和三三年六月二六日確定したものであるから、控訴人らは右第三手形の手形金債務の存否を争い得ないものであつて、被控訴人は右債権保全のため本件登記をしたものである。」と述べ、

被控訴代理人において、乙第一号証、第二号証を提出し、控訴代理人においてその成立を認めると述べ、

た外は、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを援用する。

理由

本訴の請求原因は、要するに、被控訴人が控訴人奥谷喜久郎に対する三六八万円の約束手形金連帯保証債権保全のため同控訴人に代位して、別紙目録記載の各土地につき同控訴人のため相続による所有権移転登記(控訴人奥谷喜久郎の持分は三分の一、同奥谷きんの持分は三分の二)をしたところ、控訴人らにおいて、第一に、右連帯保証債権が存在せず従つて右登記は適法な登記申請人の申請によるものでなく、無効であること、第二に、右相続による所有権移転登記前に控訴人らは遺産分割の合意をなし、別紙目録第一の土地は控訴人奥谷喜久郎、同第二の土地は控訴人奥谷きんにおいて取得したから、右登記は真実の権利関係に適合せず控訴人らの相続登記請求権消滅後になされたものであつて無効であることを理由として、その抹消登記手続をなすにつき、登記簿上の利害関係人である被控訴人の承諾を求める、というにある。

よつて判断するに、別紙目録記載の各土地がもと奥谷松三郎の所有であつたが、同人の昭和二九年二月五日死亡による相続によつて、控訴人奥谷きんは奥谷松三郎の妻として、控訴人奥谷喜久郎は奥谷松三郎の子として、(他に相続人はいない)同人の遺産を承継したことは、当事者間に争がないから、控訴人奥谷きんの相続分は三分の二、同奥谷喜久郎の相続分は三分の一と認める。そして被控訴人が控訴人らに代位すると称して別紙目録記載の各土地につき昭和三一年八月一七日控訴の趣旨記載のような相続による所有権移転登記手続をなしたところ、控訴人らは、これよりさき昭和二九年六月二日遺産分割の合意により別紙目録第一記載の土地は控訴人奥谷喜久郎が、同第二の土地は控訴人奥谷きんが取得したものであると称して、昭和三一年九月六日東京法務局新宿出張所受付第一九一五二号、第一九一五三号をもつて共有物分割を登記原因として別紙目録第一の土地につき控訴人奥谷喜久郎のため、同第二の土地につき同きんのため所有権移転登記をなしたことは、当事者間に争がない。

よつてまず第一の無効原因につき按ずるに、右約束手形金債務に関し被控訴人主張のような経過を経てその主張のような確定判決が存在すること、すなわち右確定判決によつて控訴人奥谷喜久郎は被控訴人に対しその主張のような約束手形金連帯保証債務三六八万円およびこれに対する昭和二八年九月一八日から完済まで年六分の割合による遅延損害金の支払を命ぜられたことは、控訴人らの認めるところである。従つて控訴人奥谷喜久郎に対する関係ではその主張の右債務の不存在事由はいずれも右東京高等裁判所の確定判決の最終口頭弁論終結前(早くとも昭和二九年一二月二四日以前)に生じた事実であることその主張に徴し明白であるから、右確定判決の既判力の効果として控訴人奥谷喜久郎は本訴において右の主張をなし得ないと解するのほかはなく、控訴人奥谷きんに対する関係においても、右確定判決の存在することが争のない以上、被控訴人が控訴人奥谷喜久郎に対して被控訴人主張のような約束手形金連帯保証債権を有することを認め得べく、これを覆えすに足る反証はない。よつて控訴人らの右主張は採用できない。

つぎに第二の無効原因について判断する。いまかりに控訴人ら主張のとおり遺産が分割されたものとしても本件登記の抹消登記が許されるものであるか否かが最も問題となる。本件相続による所有権移転登記は被控訴人の申請によつてなしたものであるが、債権者が債権者代位権にもとずき行使する権利は債務者自身に属する権利にすぎずこれ以上でもこれ以下でもないから、結局問題は、控訴人奥谷喜久郎は同きんと合意の上遺産を分割し本件各土地をそれぞれ控訴人らの単独所有としたのちでも、本件各土地につき右遺産分割前の状態の登記すなわち控訴人らが相続によりその所有権を承継し、それぞれ三分の一、三分の二の共有持分を取得した旨の登記をなしうるか否かに存するわけである。

思うに、相続人数人ある場合被相続人の死亡によりその遺産は相続人の共有に属し、後日全共同相続人が遺産の共有者としてその分割をなし各財産の帰属を決すれば、右分割の効力は相続開始のときにさかのぼること、すなわち各相続人が右分割によつて単独又は共同で取得した財産は、相続によつて直接被相続人から取得したものとして取り扱われることは、民法の明定するところである。故に共同相続人は、まず遺産に属する不動産につき共同相続の登記すなわち相続により各相読人がその相続分に応じて持分を取得した旨の登記をなし、ついで遺産分割の合意をなし、特定相続人が遺産分割により右不動産所有権又はその持分を取得した旨の登記をするのがもつとも事物の順序に適するわけであり、又物権の変動を如実に登記簿に反映せしめようとする不動産登記制度の目的にもかなうのである。ところが本件の場合はかかる経過をとらず、いわゆる共同相続の登記をしないうちに遺産分割の合意をしたものであつて、かかるときはもちろん全相続人合意の上共同相続の登記を省略して被相続人名義の登記についで直ちに特定相続人が遺産分割によりその所有権を取得した旨の登記をなすことは可能である。しかしながらこの時相続による共有関係は一旦過去において存在はしたが、現在においては遺産分割の結果さかのぼつて存在しなくなつたという理由により、共同相続登記をなしたのち遺産分割登記をすることは不適法であるとし、つねに共同相続登記をすることなく直ちに遺産分割登記をしなければならないとすることは失当である。

すなわち、 (1)  遺産は被相続人の単独所有から共同相続人の共有を経て遺産分割による特定相続人の所有へと変遷するものであつて、遺産分割の合意後にもさかのぼつて過去の権利状態を登記簿に反映せしめることはその目的からいつて望ましいことは前述のとおりである。

(2)  遺産分割の効果は相続開始時に遡及し遺産の共有関係ははじめからなかつたことになるといつても右は第三者の権利を害しない限度に限られるのである。例えば、遺産の共有関係存続中に共同相続人全員が遺産である不動産に抵当権を設定し、いまだその旨の登記を経ないうちにこれを分割し一人の相続人の単独所有とした場合には、右遺産分割の遡及効は制限され右抵当権者に関する限りは遺産の共有関係はなお存続するものとみなされ共同相続人はいずれも抵当権設定登記等をなす義務を負うものであり、その他共同相続人の一人がその共有持分を譲渡し又はこれに差押を受けたのち遺産分割をした場合も同様である。かような場合には、遺産分割後にもなお遺産の共有関係が相対的に存在するといわねばならない。

(3)  遺産分割後は共有関係が終了するから共同相続人は相続による共有持分取得登記請求権を失うというべきに似ているが、遺産分割の合意は遺産の共有関係を前提とするのであるから、遺産分割による物権変動である所有権移転登記の実現のためには特別の合意なき限りその直前の物権変動である相続による共有持分取得登記を必要とすべく、共同相続人にその旨の登記請求権(本来の意味の登記請求権ではなく、登記請求権実現のためすでに存在しないものとみなされた物権変動にもとずく登記請求権)を認むべきである。

以上説示のとおり、本件相続による共有持分取得登記は被控訴人が債権者代位権にもとずき控訴人奥谷喜久郎に代位してなしたものであるが、被控訴人は同控訴人に対して右認定のような債権を有するものであつて、控訴人ら主張のように債権者にあらざる者ではなく、また控訴人ら主張のように右登記以前にすでに遺産分割の合意があつたとしても右登記を無効ならしめるものではないから、控訴人らの主張はいずれも理由がなく、本訴請求は失当として棄却すべく、また本訴請求認容の場合における被控訴人の予備的反訴に関する原判決に対しては何ら不服の申立がないから当審で審判の限りではない。よつて本件控訴を棄却し、控訴費用の負担について民事訴訟法第八九条第九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大江保直 猪俣幸一 沖野威)

目録

一、東京都新宿区神楽坂二丁目二一番地九号

一、宅地 三四坪六合五勺

二、同所同番地一〇号

一、宅地 八二坪六合

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